最近、通信ベンチャーであるアイピーモバイルの株式や経営体制についていつくかニュースが出ている。日本経済にとってベンチャー企業とは何か、株主とは何か、改めて考えさせるケースだ。
ご存知ない方のために報道を元に経緯を整理してみよう。
アイピーモバイルは2005年11月にイー・モバイル(イー・アクセスの子会社)やBBモバイル(ソフトバンク子会社)とともに総務省から周波数を割り当てられ,携帯電話事業への参入を認められたベンチャー企業だ。資本金は53億円。IIJ、CSK、楽天といった企業が出資しており、日本のベンチャー企業としては大きいといえよう。携帯電話事業への参入VBとして注目されていた。しかし、下記のように迷走していく。
アイピーモバイルは2GHz帯を使った携帯電話事業への参入を取りやめることを明らかにした。「アイピーモバイルが携帯参入断念・総務省,周波数再割り当てへ」との一部報道に対して事実と認め,「本格的な携帯事業参入をするには資金が不足していた」(アイピーモバイル)と参入を断念する理由を説明した。関係者によると2007年度最初の営業日である4月2日に,アイピーモバイルは総務省を訪問。この時点で2GHz帯の周波数の返上が事実上決まったという。
ベンチャー企業が携帯電話事業に参入するには、資金が不足していたようだ。この窮状を救うため、白馬の騎士が登場する。
アイピーモバイルは4月10日,携帯電話事業への参入断念を否定し,今後も事業化に向けた取り組みを続けると発表した。また,マルチメディア総合研究所の所有する全株式を森トラストが取得し,森トラストが筆頭株主となることで基本合意したと発表した。
(関連プレスリリース)
なぜ不動産業の森トラストがアイピーモバイルの株式を取得したか経緯は不詳。傘下の不動産への付加価値を期待したか、多角化を狙ったか、あるいは何か別の個人的な関係であったのか、想像の域を出ない。しかし、不動産業者が通信事業者の株式を持つのは無理があったようだ。
森トラストは7月13日,同社が保有するアイピーモバイルの全株式を米ネクストウェーブ・ワイヤレスに譲渡することで合意したと発表した。森トラストは,アイピーモバイルの発行済み株式の69.23%を保有する筆頭株主だった。
森トラストは、アイピーモバイルの株式をわずか3ヶ月で他に転売してしまったわけだ。転売先のネクストウェーブは米国の通信ベンチャー企業だという。(関連プレスリリース)
ところが、さらに話は混乱していく。アイピーモバイルの株式を買ったネクストウェーブは、クーリングオフのような契約条項を使ってこの売買契約を破棄し、白紙に戻してしまった。
ネクストウェーブは7月13日の合意事項である反対売買のオプションを行使し,本日付で森トラストに対して同条件での買い戻しを請求した。反対売買のオプションはいわゆる“クーリングオフ”のようなもので,ネクストウェーブによるアイピーモバイル買収は破談となったといえる。
(関連プレスリリース)森トラストの発表資料では,譲渡先を「杉村五男(アイピーモバイル取締役会長)他」としている。杉村氏以外の譲渡先については「杉村氏の指定する事業化の推進に積極的な関係者」(森トラスト)して,具体的な企業名,人名は公表しなかった。
企業買収の契約においてこんな「クーリングオフ」がありえるのかと疑問だ。通常の企業買収においては緻密なデューディリジェンスを経て契約を交わすもので、こんなクーリングオフなどありえない。想像だが、今回の買収契約においては契約の成立そのものを急いだのではないか。その結果、「とりあえず商品を手にとって試してみてください、気に入らなければご返送ください」という形にせざるを得なかったのではないか。
売れたと思った商品(アイピーモバイルの株)が返品されてしまい、処理に困った森トラストは、返品された株式をアイピーモバイルの経営陣に買い取ってもらうことにしたようだ。アイピーモバイル側は紛糾したようだ。
アイピーモバイル側の見解では,事の経緯は以下の通りだったという。9月19日午前に森トラストからアイピーモバイル経営陣に対し,アイピーモバイル株の買い取り要請があった。これに対し,アイピーモバイル取締役会は全会一致で否決。アイピーモバイルとしては,自社株の買い取りを行わない方針とした。しかし,杉村会長は個人的な判断で株式の買い取りを決めたという。
さらに竹内社長は杉村会長に対し,経営を混乱させた責任を取って取締役会長を辞任することを要求した。
アイピーモバイルの取締役会は(アイピーモバイルによる)自社株の買取を否決。杉村会長ら個人が森トラストから(おそらくは責任をとる形で)株式を買い取ることになったようだ。買い取り価格は不明。杉村会長は個人資産を差し出すことになったわけだ。
事態の混乱を受けて杉村会長は辞任させられたが、今後は筆頭株主として引き続き会社への影響力が残る。筆頭株主である杉村氏と、杉村氏を解任した経営陣は、今後うまく連携して窮地を脱することができるだろうか。固唾を呑んで見守るしかない。
まとめると、会社の70%近くの株券は半年足らずの間に下記のような経過をたどった。70%といえば会社のあらゆる決定を行うことができる、実質的な支配者だ。
- マルチメディア総研
- 森トラスト
- ネクストウェーブ(米)
- 森トラスト
- 個人(アイピーモバイル会長ら)
たらい回しもいいところだ。なぜこんな事になってしまったのだろうか。思いつくことを勝手な想像で書かせていただくと、こんなところではないか。
- 事業計画があまい
事業開始時にどんな事業計画を立てていたのか不明だが、結果として資金不足を招いてしまった。残念ながら結果的に計画が甘かったと言わざるを得ない。
. - 硬直的な業界構造
アイピーモバイルは他の通信事業者から回線設備を借りて通信事業を運営するMVNOだが、これにはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクといった既存事業者の協力が前提となる事業モデルだ。しかしこれら既存事業者が市場の競争激化を招く新規事業者の参入を歓迎するはずもなく、大きな抵抗勢力だった可能性がある。つまり、そもそも参入が難しい分野だったわけだ。
こうした業界構造は「良い」だろうか「悪い」だろうか。簡単には結論が出ない議論だが、総務省はアイピーモバイルのような新規業者の参入によって競争の促進を図ったわけだから、抵抗勢力にあって新規参入が阻まれたのだとすると病根は深い。同じような構図が航空業界にもありそうだ。
. - 株主のバックアップを得られない
森トラストに株券を売ったマルチメディア総研は資本金1,500万円のベンチャー企業。なぜこんな企業が資本金53億円のアイピーモバイルの筆頭株主でいられたのか不思議だが、マルチメディア総研に資金的なバックアップを期待するのは難しそうな印象を受ける。
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通信事業は典型的な資本集約的な事業で、一般には100億円や1,000億円といった単位の設備投資が必要になる事業だ。そこに資本金数十億円で参入しようというのがそもそも甘かったと言えなくもないが、そうした可能性に挑戦して事業機会を見つけていくのがベンチャーの真骨頂。報道によって聞こえてくるアイピーモバイルの状況はなんとも残念だ。
MVNOはアメリカでも注目されていた。ヴァージングループなどが同じ形態で事業を行っており、事業化が不可能なわけではなさそうだ。しかし、先のエントリーで紹介したAmp'd mobileのような失敗例もあって、決して容易に参入できる業界というわけでもなさそうだ。生き残っているHelioも苦境が伝えられている。この業界に参入するにはソフトバンク並の企業規模とコミットメントが必要なのかもしれない(もっとも、ソフトバンクはMVNOではないが)。
こんにちは。興味深く読ませていただき、私の意見を自分のブログに書きました。トラックバックを受けておられないようなので、コメントに書かせていただきました。
投稿情報: Michi Kaifu | 2007年9 月24日 (月) 04:09
>アイピーモバイルは他の通信事業者から回線設備を借りて通信事業を
運営するMVNOだが、
?
アイピーモバイルの事業計画の中に、自社で構築した網を他のMVNOへ卸
売りする、というものはありましたが、、、
アイピーモバイル自体ってMVNOでしたっけ?
既存事業者は抵抗勢力「的」だとは思いますが、アイピーモバイルから
見た場合は純粋に競争勢力だったのでは?
投稿情報: きちすけ | 2007年9 月29日 (土) 21:52