VC投資の世界では、しばしば株券の種類が問題になる。増資の際、普通株と種類株のどちらを使うべきか、きちんと整理して考えなければならない。
海外のVC投資の世界では圧倒的に優先株が使われており、普通株が出てくることはほとんどない。日本ではまだ優先株は少数派のようだが、着実に裾野は広がっているようなので、どのような優先権を付与すべきかノウハウが蓄積されて相場が形成されていくことであろう。
海外VC投資で優先株が使われる理由は何だろう。起源については詳しくないが、90年代後半には海外でもまだ普通株による投資が行われていたようであり、2000年のバブル崩壊に全面的に優先株に切り替わってきているような気がする。実際、バブルが崩壊して投資したVBが次々に苦境に立たされる中で、VC側も自らの権利を守らなければならず、そんなところから優先株の権利について様々な研究や実践がなされてきたのではなかろうか。日本のVB市場も少々スランプ気味なので、こうした状況下では優先株などを使ったファイナス手法の研究が進むことになるかもしれない。
さて、海外VC投資の世界で使われる優先株は一般に下記のような機能を持つ。
- 残余財産の優先分配権(投資額の何倍まで優先的に回収できるか)
- 議決権(全株一律、もしくは株式種類毎)
- 価値を維持する権利(希薄化防止条項等)
- 優先配当権(そもそもベンチャーの場合にはあまり意味ないが)
- 優先取得権(追加投資や株式譲渡の際に優先的に取得できる権利)
上記の外にも多数の項目があるのだが、細かいところは別の機会に触れてみたい。
海外VCの世界でまず注目されるのは1。これは海外VC投資の世界ではIPOよりもM&Aによる出口の方が多く、この場合1の条項によってどの程度回収できるか直接左右されうからだ。
また、2の議決権についても細心の注意が必要だ。ちょっと古い日本の事例だが、三菱東京フィナンシャルグループがUFJとの経営統合を発表した後、三井住友フィナンシャルグループからもUFJに対して経営統合の申し入れがあって、三菱東京FGとUFJは種類株を使って三井住友FGの申し入れを断念させたようだ(参考:M&Aと企業防衛(2) UFJ・三菱東京統合)
商法の規定だと、合併など株主に損害を及ぼしかねない重要事項については、優先株など「種類株」の株主であっても、普通株主の総会とは別に、それぞれの種類株ごとに種類株主の総会を開いて3分の2以上の賛成で決議しなければならないことになっている。
これは一種の「拒否権」だ。上記の記述が改正後の会社法でも有効かどうかは不明だが、株主総会や取締役会などで所定の手続きを取れば可能なはずだ。うまくデザインすれば、昨今騒がれる買収防衛策としての「黄金株」のような機能を持つ。実際、海外の未公開株式の世界では、増資、合併といった会社の重要事項の決議には、株式の種類ごと(あるいは特定種類の株式)の決議が必要とされることがしばしば行われる。
再び古い例で恐縮だが、Googleの株式も議決権については特殊だ。一般株主が保有するクラスA株式と、創業者らが保有するクラスB株式の2種類が発行されており、クラスB株はクラスA株の10倍の議決権を持つと言う。これはあちこちのメディアで話題になったが、例えばこんな具合だ。
具体的にはグーグル株は、一般投資家向けのクラスA株と、創業者らが持つクラスB株の2種類がある。B株は、A株の10倍の議決権がある。1株は平等でなく、経営支配権はB株の株主に集中する。議決権で見ると、創業者2人で5割強、他のグーグル関係者を含めると7割超を握る。大量保有者と固定株主が多く、流動株は少ない。
(中略)
つまり仮に将来、問題が生じて業績が低迷しても、議決権が10分の1の株式を持つ株主がいくら集まっても、経営陣を入れ替えることは難しい。
実は、これはGoogleに限った話ではなくて米国の上場予備軍とも言うべき優良VBにも似たような形態が少なからず存在する。狙いは明らかで、より多額の資金調達をしながら、経営権は創業者が握っておきたい、というものだ。しかしものには限度がある。Googleの例も物議を醸し出した。経営の安定とガバナンスをどうバランスさせるか、答えは簡単には見つかりそうにない。
日本の未公開企業でもこのような手法が増えてくるのかもしれない。しかし、この手の特別な権利をむやみに与えると、ガバナンスが適切に機能しなかったり、逆に拒否権を乱発されて会社としての機動性が損なわれることになりかねないので慎重な検討が必要だ。実際の運用は経験者やプロに相談すべきだろう。
単なる技巧に走ることなく、意義を十分理解した上でより多くのステークホルダーの満足を得られるファイナンス手法が確立されていくことを願ってやまない。
最近のコメント