投資家にとってバリュエーションは永遠の課題だ。ベンチャー企業に投資するときや売却するときは、株価を決めるために会社の価値を算定しなければならないが、これが容易な作業ではない。客観的なデータを出来るだけ多く集めて、論理的にバリュエーションをはじき出そうとはするものの、どうしても客観的に説明のつかない部分が残り、そうした部分に対して何らかの仮定をおいて進まざるを得ないものだ。こうした曖昧さがバリュエーションを難しくしている。
バリュエーションの算定手法は大きく言って次の2種類からなるようだ。
- 類似企業との比較によるアプローチ
- 将来の利益やキャッシュフローを積み上げて適当に割り引くことによるアプローチ
「類似企業アプローチ」は、例えば類似企業のPER(株価収益率)を使って価値を算定するアプローチが有名だが、これに似た手法として日本では将来の利益にPERをかけてこれを現在価値に置き換えるベンチャーキャピタル法等がよく使われるようだ。海外ではこの他にPSR(時価総額と売上高の比率)やPCF(時価総額とキャッシュフローの比率)も使われる。特に技術開発型で赤字が長期間続くベンチャー企業のバリュエーションではPSRが使われることが多い。このほか、バイオベンチャーなどでは取り扱っているパイプラインの質や量でバリュエーションを算定しているところもあるようだ。
「積み上げアプローチ」で代表的なところはDCF法だが、いくつかのシナリオに基づく価値を算定して期待値を計算するファーストシカゴ法等もあるようだ。キャッシュフローが安定した企業の場合には、キャッシュフローに与える税金の影響を考慮したAPV(Ajusted Present Value)法も使われるらしい(バイアウト投資の分野でしばしば聞く)。
日本のベンチャーキャピタルの実情について、京都大学の濱田教授らが「我が国ベンチャーキャピタルの投資実態」と題するレポートを出しているが、このレポートの10ページでバリュエーション手法についても触れられており、類似企業との比較、DCF、ベンチャーキャピタル法などが主流だと見て取れる。興味ある方は見てみるといいだろう。ちなみに濱田教授は日本ベンチャーキャピタル協会の設立に尽力された方で、学会における日本のベンチャーキャピタル研究の第一人者です。
このように、バリュエーションの手法はいくつかあるが、それぞれ課題も多い。類似企業との比較では、どの企業を「類似企業」と見なすかによって結果が大きく左右される。小規模な会社を大企業と比較するの利益率や成長率の点で無理があるし、似たような業界の企業であってもビジネスモデルや収益構造が全く異なることもしばしばで単純に比較出来るものではない。一方の積み上げアプローチは、将来の姿を仮定して算定するもののため、仮定を作る段階において何らかの恣意が入らざるを得ない。さらにこれをどのくらいの割引率で割り引くかが難しいところだ。技術開発型ベンチャーのように目先数年間は赤字が続くような企業の場合、将来価値のほとんどはターミナルバリュー(残存価値)に大きく依存するため、このターミナルバリューを如何に見るかでバリュエーションが大きく左右されるところも問題だ。
そうした数々の「仮定」を踏まえ、発行会社と投資家の交渉を経て、最後は文字どおり「エイヤッ」で決まる。バリュエーションはかくもアートなものです。
私としては、目先のことに囚われず、3~5年後の中長期を見据えて無理のない数字を使うことをお勧めします。実際、日本で公開したベンチャー企業を見ていると、未公開の段階では比較的控えめな(低めの)バリュエーションを使う企業が多かったようです。最近では投資家同士の競争が激しくなってバリュエーションが上昇傾向になっているという話もよく聞きますが、過度に高いバリュエーションは後でトラブルの元になりかねないので注意すべきだと思います。
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